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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10143号 判決

原告

藤本博子

原告

藤本洋

右両名訴訟代理人

塙悟

被告

青和運輸有限会社

右代表取締役

青木久夫

右訴訟代理人

姫野高雄

主文

被告は、原告藤本博子に対し金二、七五九、八四七円、原告藤本洋に対し金二、一六六、二五七円および右各金員に対する昭和三九年一一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを七分し、その二を原告らの平等負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告藤本博子に対し金三、九五八、三七三円、原告藤本洋に対し金三、二九八、三二四円および右各金員に対する昭和三九年一一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

「一、原告藤本博子は亡藤本孝佳(死亡当時満二八年)の妻であり原告藤本洋は孝佳の実父(孝佳は長男)である。被告は普通貨物自動車(足一二〇一五四号。以下「被告車」という)を所有し、これを自己のため運行の用に供するものであつた。

二、昭和三九年八月二〇日午前一一時五八分頃、被告の被用者である訴外高橋弘は被告車を運転して東京都板橋区小豆沢二丁目一番地凸版印刷株式会社小豆沢倉庫構内に至り、操車のため後進中、同所にいた藤本孝佳に被告車の後部を衝突せしめ、同人を同所に駐車中の貨物自動車(品四れ七一・四八号。以下「訴外車」という)の後部と被告車の後部との間にはさみ、同人の身体を両車両の後部荷台をもつて強圧し、よつて翌八月二一日午前六時一五分頃死亡させたものである。<以下省略>

理由

一、被告は被告車を自己のため運行の用に供するものであつたところ、原告ら主張の日時、場所において、被告の被用者高橋弘が被告車を運転中訴外藤本孝佳と衝突して傷害を与え、よつて同人を死亡するに至らしめたことは当事者間に争がない。

二、被告は自動車損害賠償保障法三条但書の免責事由を主張するが<証拠>によると、当時高橋弘は本件事故現場である凸版印刷株式会社小豆沢倉庫構内において、被告車を運転し、駐車のため後進しようとした際、被告車は荷台の幅が広いうえにシートがかかつており、運転席から後方をみとおすことは全く不可能であつたため、同人はドアを半ば開き、身体を半分乗り出すようにして後方を見たが、これだけではまだ荷台のかげになつて後方のみとおしはほとんど不可能であり、従つて約一〇メートル後方に反対方向を向いて駐車していた訴外車の存在を認識しながら、その正確な位置および附近の人影の有無を確認することができなかつたのにかかわらず、安全を軽信し、クラクシヨンを鳴らすこともなく時速四キロメートル位で漫然と後進したので、訴外車の後部で同車のシートの位置をなおしていた藤本孝佳を同車と被告車の各後部荷台の間にはさみこんで強圧したものであることが認められ、この事故につき高橋に過失がなかつたとは到底いうことができず、被害者藤本孝佳の側に過失があつたことを認むべき証拠はない。

従つて被告は本件事故により生じた損害を賠償する義務である。

一、よつて損害額について判断する。

(1)  亡孝佳の得べかりし利益

<証拠>によれば、亡藤本孝佳は昭和三八年訴外福士正美他一名との共同出資による貨物運送業を計画し、利益は三名で等分することとし、同年六月頃から神田運送株式会社の下請として営業を開始し、右営業により亡孝佳は本件事故当時月収四〇、〇〇〇円を得ていたことが認められる。そして<証拠>によると同原告と亡孝佳は毎月生活費として三〇、〇〇〇円を支出していたことが認められるから、亡孝佳自身の生活費はその二分の一の一五、〇〇〇円と推認するのが相当である(世帯主の生活費は他の世帯員のそれよりも多いのが通常であるとしても、将来孝佳夫婦の間に何人かの子供が生れるであろう蓋然性をも考慮すれば、事故後の全稼動期間を通じて孝佳の生活費を二分の一とすることが不合理であるとはいえない)。してみれば前記収入額から右生活費を控除して得られる金二五〇〇〇円(一カ年当り金三〇〇〇、〇〇〇円)が亡孝佳の得べかりし純益額というべきである。次に<証拠>によれば亡孝佳は昭和一一年四月二九日生れ、事故当時満二八歳余の健康な男子であつたことが認められるから、前記認定の同人の職種、当裁判所に顕著な第一〇回生命表による満二八歳の男子の平均余命(四一・四七年)等に徴すると、同人の就労可能年数は事故後なお三二年間あつたものとする原告らの主張は相当であると認められる。

ところで亡孝佳らの右運送営業が本件事故当時道路運送法四条一項による運輸大臣の免許を受けないで行われていたことは当事者間に争がない。そこで、右のような無免許営業に従事してこれによつて収入をえていた者が事故に遭遇した場合、これにより得べかりし利益を失つたとしてその賠償を請求できるか否かを検討する。

道路運送法によれば、自動車運送事業者に対しては経営由で各種の行政的監督が行われる反面、免許なくして、自動車運送事業を経営した者に対しては一年以下の懲役もしくは三十万円以下の罰金、又はその併科という罰則が規定されている(一二八条)。これらはひつきよう道路運送事業の公共性、危険性にかんがみ、道路連送事業の適正な運営と公正な競争を確保し、道路運送秩序を確立せんとするものにほかならない(同法一条参照)。

これによつてみれば、無免許の運送営業は行為の性質上当然に反道徳的な行為とはいえないにしても、決して軽いとはいえない罰則の適用を受ける違法行為であることに疑問の余地はないのである。かかる営業に従事していた者が事故による損害としてその営業により得べかりし利益を請求することは、要するに自己の違法行為、犯罪行為を理由とし、これを継続したならば得たであろう不法の利益の賠償を公然と請求することに帰着し、信義誠実の原則に背馳し、その不当であることは明らかである。

なるほど違法な無免許営業においても事実上の利益自体は現存するかもしれない。しかし、被害者が適法な手段によつて得べかりし利益のみが、逸失利益の賠償請求権という法の保護に値するのである。不法な手段、方法により取得しえたであろう利益を度外視すべきことは、損害賠償制度の根本趣旨にてらしても当然といわなければならない。

これを要するに、亡孝佳の無免許の運送営業を前提とする原告らの請求は許されないと解すべきである。

しかし他方、<証拠>によると、亡孝佳らは将来資金その他が充実し、車庫も整備して免許の条件がととのえば免許を申請することを当初から予定して運送業をはじめたものであり、実際には本件事故後の昭和三九年一二月二四日に福士正美が免許を申請したことが認められる。そして、右の事実とこの種の運送事業の免許は一定の基準に合致しさえすれば与えられるべきであることとを考え合せると、亡孝佳らはおそくとも本件事故後五年以内には運送営業の免許を受け、その後は適法な営業者としてすくなくとも本件事故当時の収入を正当に取得しえたであろうと推認するのが相当と考えられる。すなわち、事故後六年目以降に亡孝佳が得べかりし利益についてはその賠償を請求できると解すべきである。

そこで、事件後五年間は純益がなく、その後に残る就労可能の二七年間は毎年末に三〇〇、〇〇〇円宛の純益があつたものとしてホフマン式計算法(複式)により年五分の中間利息を控除して、その現在価額を算出すると金四、三三二、五一四円(円未満切捨)となる。従つて亡孝佳は本件事故により同金額の賠償請求権を被告に対して取得したというべきところ、原告らと亡孝佳の身分関係は当時者間に争がないところであつて、原告らは各自その二分の一である金二、一六六、二五七円の請求権を相続により取得したことが明らかである。

原告らの慰藉料

<証拠>によれば、亡孝佳は会社員である原告洋の長男として生れ、その将来に原告洋は大きな期待をかけていたこと、一方原告博子は昭和三七年一二月二四日、郷里・学校が同じであつた亡孝佳と結婚したが、東京で結婚生活を営むこと僅か一年八月で本件事故により夫を失つた者であること、本件事故は、前認定のとおり、なんら過失の認むべきもののない亡孝佳が被告車運転手の重大な過失によつてむざんな最期をとげたものであるのに、被告は入院治療費の支払その他の損害賠償に関してもほとんど誠意がなく、原告らの痛憤の情はやみがたいものがあることが認められる。その他本件における一切の事情を考え合せると、原告らの受くべき慰藉料額は、原告博子については金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告洋については金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(3)  入院治療費等

<証拠>によると、同原告は(イ)亡孝佳の入院治療費として金二二一、九〇〇円、(ロ)同人の遺体移送費として金一〇、〇〇〇円を各支出したことが認められる。

(4)  葬儀費用

<証拠>と弁論の全趣旨によれば、原告博子は、同人が施主として行つた亡孝佳の葬儀の費用、会葬者の接待費用等として計金八三、五九〇円を支出したことが認められる。なお<証拠>によると、同<証拠>により成立を認める甲第六号証に記載された金六六、四五九円の支出はその大半が香典返しの費用であり、それ以外の部分を特定することはできないから、これを損害と認めることはできない。

(5)  原告らが本件に関し自動車損害賠償責任保険から金一、二二一、九〇〇円の支払をうけ、内金二二一、九〇〇円が右(3)(イ)の損害に充当されたことは当事者間に争がない。そして残金一、〇〇〇、〇〇〇円は原告らの相続した(1)の損害賠償請求権の一部(各五〇〇、〇〇〇円宛)に充当されたものと解するのが相当である。

四、従つて被告は原告藤本博子に対し三(1)ないし(4)の損害から右保険金を控除した金二、七五九、八四七円、原告藤本洋に対し三(1)および(2)の損害から保険金を控除した金二、一六六、二五七円および右各金員に対する損害発生後である昭和三九年一一月五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

原告らの請求は右の限度で理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(吉岡進 楠本安雄 浅田潤一)

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